菅総理への期待

昨日、菅義偉総理大臣が正式に誕生しました。

組閣の顔ぶれについては、確かに世代交代も進まず、女性の登用もないなど、来るべき総選挙にプラスになる人事であったかどうかは微妙かもしれません。ただし、本来顔ぶれのような印象論で内閣を評価すること自体が、行政に対する姿勢としてはおこがましい面があります。これからの政策立案・遂行の実績によって内閣は評価されるべきであり、各大臣がどのような取組をなされるか、注目していきたいと思います。

何より素晴らしいと思うことは、菅総理が地盤を世襲していない政治家として、総理の座につかれたというその快挙です。政治への期待がなかなか高まらない昨今において、大変シンボリックな出来事だと感じています。

民主党政権において、菅・野田の両総理がいらっしゃいましたが、その前となると第76代の海部総理まで、非世襲の総理はさかのぼるようです。

政治における世襲は、必ずしもわが国だけで起きている事象ではありません。失職のリスクが高く、また出馬までの(費用だけではなく機会、人材など様々な面における)コストが高い政治という職業において、世襲は当然の流れとして起こりえます。支持者から見ても、新参者よりもこれまで一緒にやってきた議員の子息のほうが、人となりも含めて信頼しやすいでしょう。

また、当選後の地盤が安定していることから、当選回数を重ねることや、思い切った意思表示・政治的行動を行うことができやすく、その面で政治家としてステージを上りやすい面もあるでしょう。現に自民党総裁選挙の顔触れや、大臣・党幹部の顔触れを見ると、議員全体における世襲の割合よりも高い割合になっていると思います。

ただ、だからと言って個々の世襲議員の方々を批判していても始まりませんし、真摯に活動されている世襲議員の方々に対して失礼に当たります。課題は、非世襲であっても、有望な人材が政治の世界で活躍できる機会を、仕組みとしてどのように担保するのか、ということだと考えます。それにより、我が国における政治人材の層を厚くすること、人材の流動性を高めることが、政治の質を上げることにつながります。

菅総理は、出身地である秋田の選挙区ではなく、(比較的流動性の高い)大都市である横浜を地盤とし、議員秘書→市議、というルートで登られました。議員秘書になること自体がハードルの高い機会だという指摘もあるかもしれませんが、一つのルートとして重要だと考えます。

加えて、政党による公募というルートも重要です。ただ、関係者に話を聞くと、近年は公募で当選した議員による不祥事も目立つということで、制度の在り方が議論になっている面もあるようです。おそらく、公募で落下傘の形で選挙区に降りる場合、地元の人脈や資金などの面で無理をしないと生き残れない局面が多く、その過程でやりすぎてしまうという可能性もあるのではないでしょうか。

そう考えると、この政治という世界で非世襲の人が出ていくには、現職議員の傘に入るか、政党の傘に入るか、いずれにしても受け皿が重要です。特に、ある程度のコネ(ネットワーク)が必要となる現職議員ルートに比べてよりオープンな選択肢である政党が、どのように人材を集め、当選後も含め手厚く支援していくかが重要です。

そのためにも、与野党問わず、政党は政策を同じにする同士の集まりであるだけではなく、政治の人材を育て、活用することを通じて政治の水準を保つための「公器」であるという意識で、組織として強化されていってほしいと期待します。ときには政策面でどうしようもない対立が内部であったとしても、それを飲み込んで、人材を抱える器としてふるまうことが、中長期的に見れば正しい選択であることも少なくないはずです。また、党として、有力な議員の後継者選びにおいても、公募などの開かれた手続をこれまで以上に活用することも、社会的な責任として考慮することが重要となるでしょう。

菅総理には、非世襲の星としてご活躍されることを期待するとともに、併せて、ご自身のように非世襲の実力のある方が政治参画の機会を幅広く得られるよう、来るべく総選挙も見据えつつ、政治の仕組みそのものについての議論の先頭に立っていただくことを、大いに期待しています。