オンライン会議で世界が広がった体験

自分の卑近な経験の話で恐縮なのですが、新型コロナの感染者数が急増した春あたりから、以前勤めていた会社では原則在宅勤務になり、それまでもチーム内で活用していたSlackに加えて、Zoomでの打ち合わせをフル活用して仕事をするようになりました。最初は慣れるまで違和感もありましたが、だんだんとオンラインでの打ち合わせの回し方にも慣れてきて、移動時間を必要とせずたくさんの打ち合わせを連続してできるなどのメリットもわかってきて、とても便利に使っていました。

ただ、ただ便利なツールというだけでなく、そのうちに感覚として、自分が動かなくても世界中とつながることができる、という手ごたえのようなものが出てきました。ある意味すごく不思議でもあるのですが、それはただ単に会話ができるとかいうことにとどまらず、一人であっても何かを動かすことができる、という何か新しい自信のようなものや、世界と一体化しているような感覚を芽生えさせてくれたように感じました。

前回の投稿で書いたSNSによる個人の意思表明も同様の例かもしれませんが、テクノロジーには人々をエンパワーメントさせる力があるのだと、様々に世の中でいわれているのをこれまで見聞きしていましたが、自分でそのことを強烈に自覚したのは、今回のZoomが初めてでした。その自覚が根拠のない自信を生み出し、今回一人でこの会社を立ち上げるところにもつながっています。

おそらく、DX化によってビジネスを変える、行政を変える、社会を変えるというのは、まさにこの新しい感覚を見出していく作業の積み重ねであって、ただ単に既存の仕組みに組み込んでOKというものではダメというか、もったいないと思います。テクノロジーを使った人々がそれぞれの個性・感覚に応じて、新しい何かが見える、感じられる、生まれるという体験をすることが自然と期待できますし、そのような新しい気付きがもし出てくれば、それを無視するのではなく、組織として大事にしてあげることが、例えばコスト削減であったり、労働時間の短縮、オープンイノベーションの推進など、それぞれの組織等が抱える課題に対して、根本的な部分から対応することにもつながるはずです。

そして、その感覚、手応えは、おそらく頭で考えていても十分に理解はできず、現場において実践をする中で初めて出てくるものだと思います。そのような現場の感覚を生かすようなDX化が進められれば素晴らしいですし、政府はデジタル庁による取組などを通じて、ただ政府が考える理想の在り方をトップダウンで卸すのではなく、現場を生かすような支援・枠組みの構築などを行っていくことが重要だと考えます。